
二か月近くがたちました。学校が終って友人と話しこみサン・ミッシェルに着いたときは、もう六時半になっていました。ジベールで文具を見て回りました。あとはメトロに乗るだけです。ふと目を向けると反対側の歩道を歩いてゆくひとがいます。わたしは歩道に立ちすくんだままです。
「あなた」
教会の前をゆっくりと歩いていきます。濃い緑に変わる一歩手前の柔らかな色彩が周りでおだやかな雰囲気を漂わせています。最後に会ったときよりも元気そうです。やつれてはいるが、新しい生活のリズムに慣れたのでしょう。落ち着きがあります。
道路を突っ切って声をかけたい。背伸びをします。手を振ります。気づいてくれません。一歩踏み出します。歩道の脇には胸の高さほどの柵が立ちはだかります。行ってしまう。向こう側の交差点まで道路を走って渡ろう。早く、早く。バスがのろのろと走り、あなたの姿を遮断します。
わたしは立ち止まりました。冷静になる自分を感じました。会って何を話すのでしょう。お互い最も肝心な点については決して触れないでしょう。もうあなたにはわたしのことを考える時間はない。バスがゆっくりと遠ざかっていきます。薄い緑の木々の下で、真っ白な半袖のシャツから伸びた褐色の腕とブリーフケースが見えます。家庭の父親なのだ。今、歩いていく後ろ姿は知っているあなたではありません。そんなあなたを前にして、何と言えるのでしょうか。恋は終ったのだ。納得のいかない終り方であったかもしれません。わたしはパリで夢をみたのだと思いましょう。あなたもきっと同じ夢をみたのです。
反対側の歩道に再び目を移します。あなたは人ごみのなかに吸い込まれてしまいました。まるでサン・ミッシェルで消えてしまったかのようです。そのあとにはありふれたパリの雑踏が広がっているだけでした。
「オウ・ヴォワール」
笑顔で囁きます。わたしも人ごみのなかに紛れ込みました。明日は木曜日です。サッカーのリーグ戦は終盤にさしかかっています。あなたが指導を受けているパリのクラブチームは優勝を狙える位置にいます。つかの間の休養日にあなたはいつものとおり図書館へ行くのでしょうか。だが、あなたに話しかけるときはもう存在しない。わたしのなかのあなたにしか語りかけないでしょう。時の流れを待っています。ひょっとしたら、あなたがパリからいなくなることを本当に望んでいるのかもしれません。
寂しい、本当に寂しい。でも、今までのような激情的な寂しさはなくなりました。寂しさが徐々に広がってきて、わたしの中に根を下ろしてしまう。そんな寂しさです。それは生まれついたときからの寂しさと同じです。身についた寂しさならば、きっと耐えられるでしょう。
五月も最初の日になりました。今日、日本に帰る友人をオルリー空港まで見送りました。空港からパリ市内に戻るバスの中で、椅子の背に体をもたせかけていました。眩しさで芽が眩みます。街路樹の柔らかな葉を太陽の光が突き抜けます。バスは木々の下を掠め、走っていきました。
バスが急停車します。郊外からパリ市内へ入る交差点です。身を乗り出すような気持ちで額をガラスに押しつけました。高速道路の入口があります。そこにはリュック・サックを道路の脇に置いた若者たちが数人立っていました。マジックインクで「ニース」あるいは「マルセイユ」と行先を骨太に白い紙に書き込んだヒッチハイカーたちです。半ズボンで髪を長く伸ばした若者が「マルセイユ」という地名を掲げていました。「マルセイユ」、「マルセイユ」。ここから遥か千キロメートル以上も先の観光地の名がわたしを捕らえます。
目を遠くにやれば、パリへの入口、ポルト・ドルレアンの交差点が緑に包まれています。バスが動きだします。鼓動が音をたてるようです。角にはリヨン銀行があります。あなたが宿泊していたホテル・テルミナスという看板が目に入ってきました。
「ジュ・セ、ジュ・セ(知ってるわ)」
気がつくとバスは次の交差点、アレイジアをすぎています。もう高層ビル、ツール・モンパルナスが見えています。あなたに最後に会ったのは二か月近く前のことでした。そのときパリの街路樹の葉はまだ落ちていました。今、郊外で見たように豊かな緑がパリを包んでいます。
今日は五月一日です。鈴蘭祭りです。鈴蘭の花言葉は幸せ。サン・ミッシェルまで行けば、まだ鈴蘭の一鉢は残っているでしょう。幸せの残りを掴むためにサン・ミッシェルへ行くのでしょう。
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