楽園通信 「インパクト!」 

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フランス、パリ、鈴蘭祭りのころに(9)

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二か月近くがたちました。学校が終って友人と話しこみサン・ミッシェルに着いたときは、もう六時半になっていました。ジベールで文具を見て回りました。あとはメトロに乗るだけです。ふと目を向けると反対側の歩道を歩いてゆくひとがいます。わたしは歩道に立ちすくんだままです。
「あなた」
 教会の前をゆっくりと歩いていきます。濃い緑に変わる一歩手前の柔らかな色彩が周りでおだやかな雰囲気を漂わせています。最後に会ったときよりも元気そうです。やつれてはいるが、新しい生活のリズムに慣れたのでしょう。落ち着きがあります。
 道路を突っ切って声をかけたい。背伸びをします。手を振ります。気づいてくれません。一歩踏み出します。歩道の脇には胸の高さほどの柵が立ちはだかります。行ってしまう。向こう側の交差点まで道路を走って渡ろう。早く、早く。バスがのろのろと走り、あなたの姿を遮断します。

わたしは立ち止まりました。冷静になる自分を感じました。会って何を話すのでしょう。お互い最も肝心な点については決して触れないでしょう。もうあなたにはわたしのことを考える時間はない。バスがゆっくりと遠ざかっていきます。薄い緑の木々の下で、真っ白な半袖のシャツから伸びた褐色の腕とブリーフケースが見えます。家庭の父親なのだ。今、歩いていく後ろ姿は知っているあなたではありません。そんなあなたを前にして、何と言えるのでしょうか。恋は終ったのだ。納得のいかない終り方であったかもしれません。わたしはパリで夢をみたのだと思いましょう。あなたもきっと同じ夢をみたのです。

反対側の歩道に再び目を移します。あなたは人ごみのなかに吸い込まれてしまいました。まるでサン・ミッシェルで消えてしまったかのようです。そのあとにはありふれたパリの雑踏が広がっているだけでした。
「オウ・ヴォワール」
 笑顔で囁きます。わたしも人ごみのなかに紛れ込みました。明日は木曜日です。サッカーのリーグ戦は終盤にさしかかっています。あなたが指導を受けているパリのクラブチームは優勝を狙える位置にいます。つかの間の休養日にあなたはいつものとおり図書館へ行くのでしょうか。だが、あなたに話しかけるときはもう存在しない。わたしのなかのあなたにしか語りかけないでしょう。時の流れを待っています。ひょっとしたら、あなたがパリからいなくなることを本当に望んでいるのかもしれません。

寂しい、本当に寂しい。でも、今までのような激情的な寂しさはなくなりました。寂しさが徐々に広がってきて、わたしの中に根を下ろしてしまう。そんな寂しさです。それは生まれついたときからの寂しさと同じです。身についた寂しさならば、きっと耐えられるでしょう。

 五月も最初の日になりました。今日、日本に帰る友人をオルリー空港まで見送りました。空港からパリ市内に戻るバスの中で、椅子の背に体をもたせかけていました。眩しさで芽が眩みます。街路樹の柔らかな葉を太陽の光が突き抜けます。バスは木々の下を掠め、走っていきました。
 バスが急停車します。郊外からパリ市内へ入る交差点です。身を乗り出すような気持ちで額をガラスに押しつけました。高速道路の入口があります。そこにはリュック・サックを道路の脇に置いた若者たちが数人立っていました。マジックインクで「ニース」あるいは「マルセイユ」と行先を骨太に白い紙に書き込んだヒッチハイカーたちです。半ズボンで髪を長く伸ばした若者が「マルセイユ」という地名を掲げていました。「マルセイユ」、「マルセイユ」。ここから遥か千キロメートル以上も先の観光地の名がわたしを捕らえます。

 目を遠くにやれば、パリへの入口、ポルト・ドルレアンの交差点が緑に包まれています。バスが動きだします。鼓動が音をたてるようです。角にはリヨン銀行があります。あなたが宿泊していたホテル・テルミナスという看板が目に入ってきました。
「ジュ・セ、ジュ・セ(知ってるわ)」
 気がつくとバスは次の交差点、アレイジアをすぎています。もう高層ビル、ツール・モンパルナスが見えています。あなたに最後に会ったのは二か月近く前のことでした。そのときパリの街路樹の葉はまだ落ちていました。今、郊外で見たように豊かな緑がパリを包んでいます。
 今日は五月一日です。鈴蘭祭りです。鈴蘭の花言葉は幸せ。サン・ミッシェルまで行けば、まだ鈴蘭の一鉢は残っているでしょう。幸せの残りを掴むためにサン・ミッシェルへ行くのでしょう。



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[ 2011/09/28 07:22 ] チャレンジ 小説新人賞 | TB(-) | CM(0)

フランス、パリ、鈴蘭祭りのころに(8)

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ニ月も末になりました。目が覚めるともう昼です。これからマルシェへ行くというあなた。
「何か食料を買うの? わたしも行きましょうか?」  思い切って尋ねました。
「家族のものだからいいよ」
 ぼそぼそとした声が返ってきました。ああ、思わず声を漏らしました。あなたの家族が、明日、フランスに到着するということはあらかじめ分かっていたのに。改めてそのことを聞いた途端、気持ちが沈みはじめました。窓に向かい、ブラインドを勢いよく上げました。太陽の光が飛び込んできます。白い壁、黄色のカーペット、ベッドの上の青いシーツ。同色のベッド・カバー。
 わたしの目はベッドに吸い寄せられたままです。あのベッド・カバーはこのアパルトマンに移る前、ホテル住まいの時に買っておいたものでした。アパルトマンに入居すると同時に使い始めたものです。それぞれにあなたとの思い出が込められています。
「一緒にマルシェへ行きましょう」
 今度は叫ぶように言いました。ヨーグルト、コーラ、エビアン水。あなたが求めるに違いない食料が目に浮かびます。ふたりで買い物をすませると、あなたはポルト・ドルレアンのホテルに戻ると言い残し、部屋を出ていきました。

 その日の夕食をメトロのサン・ミッシェルから歩いて十分ほどの日本食堂、京子でとることにしたのは、どちらともなく決まったことでした。エコールというバス停留所で待合せをすることにしました。ポルト・ドルレアンからバスに乗れば、あなたは十分でこられるはずです。わたしの方でもメトロでサン・ミッシェルに出て、歩いても、そこからバスに乗ってもよいわけでした。
 あなたは足踏みをするようにして停留所にいました。約束の時間に遅れたわけではなかったのに。


続きと挿絵はHPへ。
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[ 2011/09/24 15:59 ] チャレンジ 小説新人賞 | TB(-) | CM(0)

フランス、マルセイユ、鈴蘭祭りのころに(7)

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 パリにある語学学校に移るために、ヴィッシーからセーヌ河畔にある高層アパルトマンに引っ越したのは、ニ月に入り最初の週のことです。あなたは南フランスでのバカンスを終え、年が変るとサッカーのクラブチームで研修を受けるためにパリに移っていました。
ドイツのブンデスリーガで活躍している奥寺選手の試合がストラスブールであると。一週間をそこですごしていました。国境を越えて、ハイデルベルグでも観光しようか、とパリに電話をくれました。

 だが、パリから四時間もかけてあなたが滞在しているホテルまで行く気持ちになれません。今までのエレベーターもないホテルの狭い部屋から、大きな窓のある高層アパルトマンに移ったばかりでした。自分の部屋を持てたという安心感はありましたが、部屋のいたるところに荷物が積み上げられて、落ち着かないのです。
「パリにもどって来てくれない?」
 しばらく電話から息遣いだけが聞こえます。
「一時十六分発の急行で帰ろう」
 思わず胸を撫で下ろします。
 電話を受けたあと、引越しのダンボール箱からすぐ生活に必要なものを取り出して整理する気にもなりません。フランスでの生活も五か月目に入ったばかりなのに、あきれるほど日用品が増えています。ルモンドを手に読み始めました。すぐに放り出してしまいます。ムスタキのカセットをラジカセに入れます。物寂しい声が流れます。ヴィッシーであなたと一緒に彼のリサイタルに行った。あの時と同じように、ムスカタキはとつとつと歌います。時計をみます。その日に限り針がゆっくりと進んでいきます。
 あなたが東駅に到着する時刻に間に合うようにアパルトマンを出るつもりでした。しかし、随分前に部屋を出てしまいました。最寄の地下鉄駅、シャルル・ミッシェルまで歩いて五分、そこから三十分もあれば東駅につくことができることを知っていたはずなのに。

 東駅。わたしはホームの端に立ちつづけています。
 次ぎから次ぎへと列車が到着します。暖かそうな外套の裾をひるがえしながら乗客たちは大きな流れとなり、メトロと表示のある地下道へと吸い込まれていきます。彼らはそれぞれの家庭を持っているのでしょう。わたしのアパルトマンへ来るに違いないあなたの姿が二重写しになってきます。
 ストラスブールからの列車が到着すると、あなたの姿をすぐにみつけることができました。いつものとおり、茶色のコートを腕に抱えています。半そでのシャツから腕が剥き出しになっています。片方の手には旅行用バッグが下がっていました。肩をすぼめて出口に向かう人の波です。大きな石が音をたてて転がってくるようです。


続きと挿絵はHPへ。
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マルセイユの1980年12月31日夜。
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[ 2011/09/21 14:22 ] チャレンジ 小説新人賞 | TB(-) | CM(0)

フランス、ニース、鈴蘭祭りのころに(6)



12月も中旬になりました。わたしたちはクリスマス休暇に南フランスを旅行することにしたのです。
 わたしは冬休みの間、ニース近くのサン・ポールを訪れる学校の旅行に参加することにしました。あなたは団体での旅行は嫌だと言います。ひとりで南フランスを旅行するとのこと。わたしは旅行を途中で抜け出し、あなたと合流することにしました。十二月三十一日、場所はニースと決めました。それまであなたは望みどおり、気ままなひとり旅を楽しむことができます。ふたりともまだ訪れたこともない南フランスの駅。そこで会うということに、どれほどの興奮と期待があったのでしょう。ヴィッシーの灰色にくすんだカテドラルや公園にくらべ、太陽の熱を十分に吸い込んだ、木々の緑と街があると思ったからでした。

 ヴィッシー駅の近くに広場があります。旅行のバスはそこから出発します。窓際に席をとります。あと二日であなたに会える。ガラス窓にわたしの顔が映ります。輝いています。笑みが沸いてきました。
「間に合った」
 銀行員が乗り込んできました。の口がそう言っています。目を動かすと、真っ直ぐにわたしの方に歩いてきます。席に体を投げ出します。
「日本人はわれわれだけ?」
「そうらしいですね」
 周囲を見ます。
「皆、バカンスに行ったのかな」
 わたしの方に向き直ります。
「ブラッセルには行かないのですか?」
「あなたが行かないのならば、ひとりでベルギーまで行っても面白いこともない。日本人は俺たちだけか。なかよくしようや」
 わたしの手を取りました。すぐに振り切ります。また、掴まれます。
「やめてくださいな」
 いいじゃないか。小声になります。執拗です。結局、手を彼に預けました。彼とはバスの中だけです。ホテルに到着するまで我慢しましょう。ニ日後にはあなたと会えるのです。
 銀行員はわたしの手の甲をゆっくりとなぞります。不快な気持ちになり、手を引っ込めます。また手を掴まれました。今度は手の甲に爪を立て、軽く触れるのです。あなたのことを考えながら、眠ったふりをしているしかありませんでした。


続きと写真は、HPへ。
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プロムナード・デ・ザングレ、ニース
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[ 2011/09/18 16:27 ] チャレンジ 小説新人賞 | TB(-) | CM(0)

フランス、ヴィッシー、鈴蘭祭りのころに(5)

 翌日から、あなたを学校のロビーで待つようになりました。
「どうしたんだい?」
 ある日、画家の水上さんに声をかけられました。
「寂しそうじゃないか。うちに絵でも見にこないか?」
 一年以上もヴィッシーに住み、フランス語を学びながら絵を描いているのです。その前にはパリに住んでいたとも。浅黒い顔に鼻の下の髭が立派な画家にみせています。あなたは今日、トレーニング・センターで研修かもしれない。それならば芸術家の生活を見ておくのも悪くない。彼のあとについて歩き始めました。
「お茶をいれてくれる? お勝手はあっちだから」

1980年12月、日本人画家のアトリエ、ヴィッシー
アトリエとして使っている部屋はカンバスがいくつも散らばっています。二人分の日本茶をいれると、木製の椅子に腰を下ろしました。茶碗を両手で包みこみます。生活の匂いのしない部屋です。暖房は効いているのでしょうか。コートを脱げないのです。ひとりで暮らしている画家の部屋は生きるための最低限のものしかありません。それが部屋を寂しいものにしていました。彼は自分で描いた作品を次ぎから次ぎへと説明します。
「いつまでここにいるのですか?」
「死ぬまでさ」
「えっ」
「描くには中途半端な気持ちではだめだ」
「あらゆることに通じることかもしれない」
 独り言のようになってしまいました。
「何をやるにしてもプロにならなきゃだめだよ。ヴィッシーで個展を開き認められれば、絵の関係者を知るようになる。次第に、広い世界の中に入っていくことができる。ヴィッシーという環境にいても、中途半端にしか勉強しない気の毒なひとがたくさんいるじゃないか。自分のものにすれば後が楽になるのにな。プロと言っても、セミプロじゃダメだ。プロ中のプロにならなきゃ」
 わたしもそう思ってフランスに来たのです。
「フランスに来る日本人のオンナは嫌だ。ちやほやされているのに慣れていないから、フランスに来た途端、アラブの男に優しくされると、夕方にはもう腕を組んで歩いている。夜には、ホテルに男を入れてしまう。だから日本のオンナは腰が軽いと軽蔑される」
 予想外の展開に水上さんもパーティーに参加した日本人と考えていることは同じかもしれないと思いました。
「日本の男もそうだ。オンナを追いかける姿がみっともなくてな。嫌だ。ヴィッシーでホテル住まいをしているやつらだって、オンナとセックスすることだけしか考えない。どのオンナとやったとか、そんな話ばかりだ」


写真と続きはHPにアップしました。
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ヴィッシーにある教会
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日本人画家のアトリエにて
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[ 2011/09/15 17:17 ] チャレンジ 小説新人賞 | TB(-) | CM(0)
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Author:ピース
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