白銀高輪の駅で改札を通ろうとした時のことです。妙齢のご婦人が、地下鉄の駅員にカードを渡して、「松戸まで」って言ってるんです。自分で買えばいいのに。使い方が分からないのかな。カードを持っているのに、使い方が分からない。それとも、単なる傍若無人な奥方なのか?
自分もそうかも知れません。パソコンを2台駆使しているのに、トラブルになると眉毛を寄せちゃう。携帯だって音声とメールだけしか使いません。同じですね。
「自動販売機で購入してください」
若い駅員は眉毛をピクリとも動かしません。
「どうやるの? 松戸まで」
後ろに背の高い男性が黙って立っています。夫か。すらっとして、いいオーバーを着ているのが気に食わない。そのうえ、お金がありそうな雰囲気。すると生来の好奇心が頭を持ちあげてきて、駅員とご夫人との対決を結末までみたくなります。
「自動販売機で買ってください」
「急いでいるんだから」
来ましたね。この言葉には攻撃力があります。急ぐと言いつつ、修羅場を切り抜けてきたのでしょう。
「はいはい」
勝負ありです。おばさんは強いな。感嘆しながら、地下鉄に乗りました。
帰宅すると、ブログを経由してメールが入ってました。アップしたブログにコメントを寄せるやつです。恥を忍んで打ち明けます。
金正日暗殺に関するシンポジウムで黒い幅広帽子をかぶったおばさんのことを書きました。その当事者なんです。
「あんた、
ブログに『マイフェアレディおばさんの午睡』なんて侮辱していいの? 一緒に寝たのを暴露するわよ」
困りました。それでメールを打ち返しました。
「ワタシには心当たりも、食あたりもありません。何かの間違いではないでしょうか? 快楽の記憶も、ホテルからの宿泊代の請求もありませんが」
「あーら、覚えてないの。いっしょに寝たでしょう。あなたは気持良さげだった。慰謝料としてマンションの一軒くれなければ、あなたとのことをツイッターで暴露するわよ」
すぐに、メールを打ちました。
「ああ、あの上品なご婦人ですか。覚えています。ですが、断じて寝ていません。話しさえしていないんですから」
メールが来ました。
「あら、一緒に寝たじゃないの。重村智計さんのぼそぼそとした話を聞きながら、わたしは一番前の席で、あなたは後ろで。いっしょに寝たでしょ。わたし、あなたの鼾で起こされたんだから。熟睡できなかったじゃない。慰謝料がわりにマンションを請求するわよ」