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辺利 未来

辺利 未来

地下鉄、根津駅から路上に出ると、目が眩むほど太陽路がまぶしい。
長い人生を過ごしてきても、陽を浴びると気分がよくなる。相変わらずの太陽まかせの毎日です。

言問通りを上野木方面へ。右側にある玉林寺で千代の富士の像をちょい見しました。外国人もこの寺のを見ていましたよ。

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玉林寺の脇の路地に入ります。いくつか曲がりながら道なりに行くと階段が現れました。昭和の風景を突然目の前に突きつけられた感じ。

歓声を上げながら立ちすくしてしまいます。
TVの海外旅行番組で、訪問する若い女性が感嘆詞しか発声しない図に似ています。年齢はジジイと孫とも差がありますが。

両側の家々は改築されています。足元にある井戸はまだ使われているよう。路地ができたころは消防車なんてなかった時代。現在は火事があったらどうするのかと、余計な心配をしながら階段をのぼりました。

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若い二人が写真をとっていました。
「いいところですね」
無理に話しかけます。たいていは無視されるのですが、お二人は「静かですね」なんて応えてくれました。
「この先がヒマラヤ杉でしたね」
「はい、パン屋さんは休みでしたよ」
しばらく話し込み、二人と後先になりながら散歩を続けます。

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路地に花が咲いている。その先に、満開のが現れました。

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そして、ヒマラヤ杉。
民家の前で水をまいているご婦人に挨拶。
「今日は夫の命日で、墓参りに行ってきました」と。
「天気がよくて……」
話を続けると、「わたしは92歳でですよ」
「元気溌剌ですよ」
ボッチ散歩の間に、ご婦人と話ができる楽しさ。喉を鳴らして満足の意を伝えたいと思いましたが、ご婦人はスタスタと庭に入ってしまいました。

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ここから三崎坂へ。坂の上に彰義隊が陣取り、坂下の長州兵を狙い撃ったところ。
永久寺に彰義隊が放った弾丸が残っているので、行ってみました。お寺の呼び鈴を押すと……「弾丸は本殿にありますが、時間が過ぎていますから」と気取った声で、やんわり拒絶。時計を見ると午後4時57分。仕方ないか。

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が満開の谷中墓地を歩きます。

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夕焼けだんだんは雑踏です。ここから日暮里駅に出ました。

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「現役医師が実践 100歳の壁を突破する健康法」(週刊朝日 2018.1.26)に、「運動」「食事」「生活習慣」が大切だと書いてありました。
「貯金よりも貯筋」、
「野菜、ヨーグルトが王道」で、
「上質の睡眠」
だと。加えれば、感謝の心と毎日を楽しむこと、だそうな。

チョイ猿ジジイも寝たきりは避けたい。街歩きも「運動」と「楽しむ」に合致しそうです。

1年前、谷中を散策した日記は:
http://hamidashirakuen.blog36.fc2.com/blog-entry-4242.html


谷中の中華「一寸亭」で餃子を食べた日記は:
http://hamidashirakuen.blog36.fc2.com/blog-entry-4325.html


ベルリンの旧東ベルリン地区の街歩きも、首筋に冷たい風が吹きつける感じで……日記は:
http://ikokuno.web.fc2.com/h1208_30berlin_stagi.html











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