「“蒙古の怪人” キラー・カーン自伝」 キラー・カーン著

2018/ 05/ 17
                 

killerkhan_1803.jpg


大巨人アンドレ・ザ・ジャイアントと抗争を繰り広げ、アメリカで一世を風靡したレスラーだ。

日本で前座レスラーとして活躍していた時のリング・ネームは小沢正志。リングサイドにいた時からその風貌と前座離れした立派な体格から目立っていた。後楽園ホール以外で彼を見たのは羽田空港でだ。

1972年10月、デストロイヤーが来日するので、気になっていたことがあった。彼はマスクをつけたまま入国審査を通り抜けるのか? 当時のへ羽田空港は出迎え場所から税関検査のところしか見えなかった。背伸びをするように様子を伺っていると、税関検査を終えたところでマスクをかぶったのだった。たった、それだけのことだが、デストロイヤーの秘密を知ったかのように興奮したものだ。

そのとき、外人用の荷物を自動車に積み込んでいたのが小沢。前かがみで歩き、上半身が発達していて、風貌からもゴリラのよう。いいなあ。男の中の男だ! 憧れたものだった。

メキシコに渡り、フロリダへ。アメリカの各地からNYで活躍するようになる。そしてアンドレ・ザ・ジャイアントとの抗争でヒールとして人気を博す。このとき、一試合のファイトマネーは1000万円になることもあったと書かれている。

アメリカでプロレスラーとして成功するには人間性の良し悪しが大きく影響すると言う。性格がよければレスラー仲間に好かれるし、プロモーターにも可愛がられる。そうすればポジションも上がってゆく。

引退して30年だそうだ。
現在は新大久保で居酒屋を経営している。午後5時から開店でキラー・カーン得意の料理、カレーライスもある。


半世紀も前、フロリダでヒロ・マツダさんと写真を撮った旅行記は:
http://ikokuno.web.fc2.com/wrestling_1968.html


サンフランシスコでWWEを見た旅行記は:
http://ikokuno.web.fc2.com/wrestling_2010.html


WWE日本公演を見に行った日記は:
http://hamidashirakuen.blog36.fc2.com/blog-entry-1028.html









関連記事
スポンサーサイト
                 

コメント