三ノ輪から北千住まで、投込寺、明治の煉瓦塀、芭蕉の千住大橋

辺利 未来

「高田文夫と松村邦洋の東京右側『笑芸』散歩」を参考に、自分の色を加えながら歩きました。

まず、地下鉄「三ノ輪駅」から日光街道を千住に向って歩きます。
常磐線のガードをくぐる手前に「浄閑寺」があります。創建は明暦元年(1655年)。一般的には「投込寺」として知られています。

安政二年(1855年)の大地震でなくなった吉原の遊女たちが投げ込むように葬られたことからきているらしい。以来、遊女の無縁仏は2万5千体だそうです。

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また永井荷風詩碑並筆塚も。荷風はこの寺や吉原をしばしば訪問したらしいですね。

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常磐線のガードをくぐり、南千住警察署交差点からわき道へ入ります。
大毎オリオンズの元南千住野球場のあった近くに、「千住製絨所」跡の煉瓦塀が残っています。ここで太平洋戦争前まで羊毛を精製し織布して軍服を製造していた。敷地はスーパーマーケットになっています。

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元来た道を日光街道へ。
隅田川を目指します。「千住大橋」です。松尾芭蕉はここまで舟できて、奥の細道への旅を始めたらしい。

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ここから北千住駅まで歩きました。
この先が長いのですよね。それにしても暑かった! ふーらふら、です。

これまでの街歩き(210回アップ)は:
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