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辺利 未来

辺利 未来


田端駅の南口。
北口のほうが「芥川龍之介旧居跡」や「田端文士村記念館」「サトウハチロー旧居跡」に近いのだが、南口の駅舎は昔のままで風情があるとの情報。そちらから歩き始めた。

小説に書かれた路地に佇み、芥川が散歩した通りに触れる。なんとエキサイティングではないかと胸がドキドキ!



写真は南口の駅舎と不動坂。
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芥川龍之介旧家跡へ!
北口に向って歩く。場末感が漂うが、山手線の駅そば。交通には便利な地域だ。
東台橋を渡らずに、手前で左に折れる。童橋を右手に見ながら次の角を左に曲がって真っ直ぐ歩くと、「芥川龍之介旧居跡」があった。13年間この地に住んだと説明版。


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慈眼寺で芥川龍之介の墓を訪問した日記は:
http://hamidashirakuen.blog36.fc2.com/blog-entry-4408.html


芥川の死後、坂口安吾は芥川の甥と芥川全集の編集をしたらしい。
坂口安吾の終焉の地を訪問した日記は:
http://hamidashirakuen.blog36.fc2.com/blog-entry-4626.html


この地は高台になっていて、不忍通りの方向がよく見える。芥川自殺の知らせを受けて、記者や知り合いがこの坂を駆け上がったのか。

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田端文士村記念館
ここから田端駅北口方向に戻る。
北口には「アトレ」などという商業施設がある。文士村を歩く前にカタカナの名前を見たら、意味が分からないのに分かったふりをしてはならない苦しさを味わわなくてすんだ。英語は苦手なのだ。「アトレ」とはどういう意味なのだろう。

東台橋を渡って、すぐが「田端文士村記念館」。中に入ったが、受付にいる係員からあまり滞在してはいけないオーラがでている。余計なお世話かもしれないが、パンフレットがないところがある。小まめに補給をしてもバチは当たらないと思うのだが。

江戸坂を上り高台通りへでる。「記念館」の向い側には二葉亭四迷、川口松太郎などが住んでいたらしい。



サトウハチロー旧居跡
東に向かう。「サトウハチロー」の旧居跡があった。
一帯は文士村という名称。前の戦争の空襲を受けて、田端一帯は焼け野原になった。だから、旧居跡という看板ばかりで文士の家など残ってはいないと、やっと理解する。

戦後、焼け野原になった地域に新しく家が建てられたので、戦争前の雰囲気は残っていない。


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ポプラ坂
そんな思いを抱きながら、「ポプラ坂」へ。
この坂を芥川も歩き、「ポプラ倶楽部」(今は取り壊され、幼稚園になっている。)に現れたのだな。

坂には戦後すぐに建築された建物が幾つか残っていて、胸のつかえがおりた。ポプラ坂のあたりには竹久夢二、直木三十五、岡倉天心、萩原朔太郎などが住んでいたのだ。


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ここから根津、千駄木なども近い。六義園まで足を伸ばしてもよかったのかと思いながら、JR田端駅に戻った。

海外旅行記は、HP「海外を旅してみたら、こうだった!」にアップしています。
http://ikokuno.web.fc2.com/





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