FC2ブログ

辺利 未来

辺利 未来

林芙美子が昭和16年(1941年)から亡くなる昭和26年(1951年)まで住んだ家。家の北側は広かったらしいが、現在は他の家が迫っている。一帯は比較的広い敷地の邸宅が連なっている。

箱根土地株式会社の堤康次郎が一帯の土地を買占め、宅地を造成して販売を始めたのが大正11年(1922年)。これが「目白文化村」の始まりとのこと。現在の中落合と西落合の一部、中井二丁目がそうだ。

その後の戦争で、一帯の多くの住宅は焼け出された。また、都市計画の新目白通りの建設で、目白文化村は縦断。宅地は細分化されてしまった。

多くの文化人がこの地に住んだ。
尾崎一雄、壺井栄、丹羽文雄、林芙美子、平林たい子、武者小路実篤、宮本百合子、佐伯祐三……。

林芙美子が亡くなって70年近くになる。
邸内をボランティアガイドが説明してくれた。仕事部屋、寝室、茶の間などそのままとのこと。彼女が生活しているかのような息遣いを感じた。

パリの林芙美子はダゲール街にあるホテルに滞在。そのホテルを見に行った旅行記は:
http://ikokuno.web.fc2.com/h1508_28_p_daguerre.html


庭と建物。
芙美子が生存中、庭に孟宗竹が一面に植えられていた。


hayashi190104.jpg


寝室。
林芙美子が亡くなった時、川端康成が駆けつけ、床の間にドンと腰を下ろしていたとガイドさん。


hayashi190105.jpg


お茶の間。
時折、西武線の電車の汽笛を聞いたのか。静かな地域だ。


hayashi190103.jpg


書斎。
最初は納屋として使われていた。半障子が適度に風景を遮断している。庭の一部が見えるようになっている。


hayashi190102.jpg



玄関。
この玄関を編集者、作家などが通ったのだろうな。


hayashi190101.jpg


まだ作家の熱が残っているような屋敷。
西武線の電車が通る音しか聞こえない静かな一角だった。


旧山本有三邸訪問日記は:
http://hamidashirakuen.blog36.fc2.com/blog-entry-4849.html



関連記事
スポンサーサイト

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply